大判例

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盛岡地方裁判所 昭和51年(行ウ)4号

原告

財団法人総合花巻病院

右代表者理事

佐藤隆房

右訴訟代理人弁護士

田村彰平

被告

岩手県地方労働委員会

右代表者会長

榊原孝

右指定代理人

榊原孝

石塚則昭

尾沢重遠

参加人

花巻病院労働組合

右代表者執行委員長

阿部正見

参加人

藤井静枝

右両名訴訟代理人弁護士

菅原一郎

菅原瞳

主文

1  本件請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和四八年(不)第二号不当労働行為救済申立事件について、昭和五一年一〇月一二日付でなした藤井静枝に対する不当労働行為救済命令を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告病院(以下、病院ともいう。)は、昭和四七年四月一三日、従業員の参加人花巻病院労働組合書記長参加人藤井静枝に対し、左記(一)(二)の理由によりけん責処分に付した。

(一) 新たに准看護婦の資格を取得した小松陽子外八名の看護職員の処遇について事実に反する申立をなし、人事面において病院に迷惑をかけた。

(二) 著しく病院の信用を失墜し、かつ原告病院長個人を人格的に非難し、名誉を傷つける内容の組合ニュースを病院内外に配布した。

2  右けん責処分に対し、参加人藤井静枝及び同労働組合は、昭和四八年四月一二日、不当労働行為救済申立をなし、被告は同五一年一〇月一二日これに対し、別添命令書のとおり右けん責処分の取消及び不利益回復等を内容とする救済命令(以下、本件命令という。)をなした。

3  しかし、本件命令は、被告の事実誤認又は判断の誤りによるものであり、違法であるからその取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

請求原因第1項、同第2項は認め、同第3項は争う。

本件命令は、労働組合法第二七条及び労働委員会規則第四三条に基づき、別紙命令書の第一認定した事実及び第二判断の記載のとおりの理由により発せられたものであり、本件命令は適法である。

第三証拠(略)

理由

一、請求原因第1項及び第2項の事実は当事者間に争いがない。

二、右争いのない事実と(証拠略)によれば、原告病院はその附属施設として花巻准看護婦学校を設けているが、そこで奨学金の貸与を受けた卒業生は学校から原告病院に就職することが要求され又そのほうが奨学金返還の面でも有利であったため、その殆どが卒業と同時に原告病院に就職するので、それが同病院の新入看護婦の主たる給源になっていたところ、昭和四七年一月一二日原告病院長佐藤隆房が当時昭和四五年の右学校の卒業生で原告病院に勤務していた九名の准看護婦全員を院長室に呼び、「今年卒業する准看護婦を採用すると人手が余るので、花巻市内のよその病院を紹介するから移ってもらえないか」という趣旨の発言をした、それが九名の准看護婦達に少なからぬ動揺を与え、その中の一人阿部年子がたまたま参加人藤井静枝(当時参加人花巻病院労働組合の書記長)にそのことを打ちあけたことから、右准看護婦らの進退問題がその後参加人組合(以下、単に組合ともいう。)の取りあげるところとなり、以後同年二月下旬ころまでこの問題をめぐって組合と原告病院の間で二回にわたって団体交渉が持たれる等して紛糾した、組合のこの闘争は、同年二月二一日病院が准看護婦達がその意に反してまで先の院長の勧告に従わなくてもよいことを認めたことで、いちおうの結着をみたが、その後原告病院は、組合が右闘争期間中に行ったビラ配布行為によって次の1ないし4のごとく病院の信用を傷つけられ、名誉を毀損され、多大の迷惑をこうむったとして、同年四月一三日、組合の右各行為が「組合運動」の名のもとに正常の組合運動から全く逸脱した方法によるものであったことを理由に、同組合書記長藤井静枝(旧姓高橋)をけん責処分にした、これが参加人らの救済申立の原因となり本件命令において取消の対象となった処分である。以上の事実が認められる。

1  昭和四七年(一九七二年)一月三一日付ビラ花病ニュースを配布する等して、小松陽子外八名の看護職員が、必ずしも全員が残留を希望していたわけではないのに、全員が引き続き勤務を希望していると虚偽の事実を述べ立てて人事面で病院に迷惑をかけ、さらに病院では右の者の一部に他医療機関への転出を単に要望したに過ぎないのに、これを全員に対する解雇通告であるとして虚偽の宣伝を行い、病院職員特に看護職員に対して不安と動揺を与えた。

2  同年二月二日付ビラ花病労組ニュースを配布して、原告病院を「ドレイ病院」と誹謗し、さらに、一教師の言葉として、あたかも実在の人が言っているかの如き表現をつかい、特に県立花巻南高等学校定時制の教師が述べているかの如き印象をあたえる文章の中で、佐藤隆房病院長を「人権をじゅうりんする鬼の顔と高村光太郎や宮沢賢治を言う文化人の顔をもった二重人格者」と誹謗したり、原告病院を「タコ部屋」と誹謗した。

3  同月一七日早朝市内に配布したビラにおいて、開業医に勤務することが「ドレイ的扱いである」と言って、開業医及びそこに勤務している従業員に対して重大な侮辱をなし、そのような発言が原告病院職員から出たことで、病院の信用が失墜された。

4  同月二五日付ビラ花病労組ニュースを配布し、職業の斡旋は学校長の場合は可能であり、しかも何ら強制を行わなかったにもかかわらず、「全く人権を無視したやり方である」と断定し、「憲法違反、職業安定法違反」と事実に反する悪宣伝を行った。

三、原告は右けん責処分に何ら不法な点がないのに被告がこれを不当なものとして本件命令を発したのは違法であるから取消されるべきであると主張する。しかし、本件証拠を綜合評価すると、別添命令書記載の被告の認定事実はおおむね正当であり、それにもとづく判断も相当なものとして是認することができる。以下、便宜その主要な点のみを摘記すると、

(一)  一月三一日付ビラについて。

(証拠略)によれば、原告病院長佐藤隆房が、昭和四七年一月一二日、阿部年子、及川雪子、吉田悦子、斎藤和子、小原政子、伊藤光子、小松陽子、高橋田喜子、佐藤雅子の九名の准看護婦に対し、「他の病院で働いてもらいたい」と言って、他の病院で働くよう要請したこと前記のとおりである(尤もその後、右のうち阿部年子、吉田悦子、小松陽子の三名に対しては院長から引き続き病院に勤務してほしい旨の要請がなされた。)が、同月二五日に開かれた花巻病院労働組合の執行委員会において、右九名の准看護婦らは、全員退職の意思のないことを明確にし、翌二六日、院長に面会し、小松陽子が代表して全員退職の意思のないことを表明したことが認められる。そうしてその後彼女らがその意思を撤回したことを組合に伝えたりした痕跡は全くないから同月三一日時点に至るまでの同女らの最終的な意思表示は組合の知る限り全員退職しないというものであり、なかには内心必ずしも残留を希望しないものもいたのではないかというようなことはなんらその存在を確知しえる資料が組合側にはないのであるから、組合が准看護婦の全員に退職の意思がないことを前提に種々の行動を起したからといってそれを誤った事実認識にもとづくということは出来ない。組合が逆に准看護婦らに働きかけてその意思を拘束した形跡も証拠上全く存在しない。

次に病院側の意思が単なる転職の要望でしかなかったのに、これを解雇の通告であるかのように扱ったという点については、(証拠略)によれば、右准看護婦らが院長に面会して退職の意思のない旨表明した際、院長がこれに対し「それは困る」と言い、さらに、(証拠略)によれば、同月三一日、花巻病院労働組合及びその上部団体の岩手県医療労働組合協議会が原告病院に対し、解雇撤回と団体交渉の申入れをした際、応待に出た原告病院小田島課長が「クビキリでないのならばやめなくてよいのか」と問いただされると、「それは困る」と答えたことが窺われる。そこで、もし病院側の真意が真実(証拠略)中の佐藤進の供述記載のいう如く単なる勧告以上のものではなかったのなら組合がこれをもって解雇の通告であると認識したのは、労使間に十分な意思の疏通がなかった結果でありいささか早計に失したことになるのであるが、右のごとき病院側の態度にかんがみると、組合がかく認識したこともやむをえないというべきであり、右事実を解雇ととらえたことをもって、あながち事態をいたずらに曲解したということはできない。

(二)  二月二日付ビラについて。

(証拠略)によれば、原告病院には、その経営する准看護婦学校の生徒に対し、本人の希望により病院が授業料、食費、舎費を貸与する奨学金制度がもうけられていること前記のとおりであるが、その奨学金規定(<証拠略>)には「奨学金を受けた者は卒業後花巻病院に勤務しなければならない」、「病院長の指定する業務に就き四ケ年に達した場合は貸費全額の返納を免除する」、「病院長の指定する業務に就職し満二年に及ばざる時期に退職する場合は貸費の全額を即時返納しなければならない」という規定が設けられている。

ところで二月九日花巻デパート会議室で開かれた第一回の団体交渉の席上病院側を代表する熊谷事務局長が組合側から看護婦たちに転職を要求することの法的根拠の説明を求められて右規定にある「病院長の指定する業務」云々を持ち出したことにも窺われるように、表面化した准看護婦の進退問題の背後にはこのような奨学金制度運用の問題も潜在していたのであり、それがひいて問題の二月二日付労組ニュース(<証拠略>)の「奨学金規定では卒業後花巻病院に勤務しなければならないと書いてあります。よそで働けとは書いてありません。病院長は病院長の指定する開業医で働けといっていますが、これはまるでドレイあつかいです」なる記事となってあらわれたものと解せられ、その言わんとするところが、奨学金債務を負っているからといってその出所進退の自由まで拘束されてはやりきれないということにあることはその文脈上明らかである。そこでその中の「ドレイあつかい」なる語句だけを単独にとり出すといかにも度ぎついが、巷間、組織の非近代性や上司の権力性を攻撃する者が時折口にする言葉として必ずしも珍らしいものではなく、社会的にもこの種ビラの表現が、常にその文字通りに受けとられるとは限らない。また、同ビラ発行の時点における事態の推移を考察すると、組合はその約二〇名の組合員のうち六名がその意に反して他の病院に勤務替させられ、組合から脱することによって大きな打撃を受けるとの深刻な認識に立って病院の方針に激しい抵抗の構えをとっていた事情もうかがわれる。こうした事情もあわせ考えると、一般に組合員の闘争意識を昂揚し、他方社会的関心を喚起するための手段として用いられる宣伝文書たる性質の労組ニュースにおいて、この程度の刺激的な表現を用いたとしても、これをもって直ちに組合が正当な組合活動の範囲を逸脱したものとは言えない。

また、同ビラには「タコ部屋と同じ」なる見出しで一教師談の記載があり、その中に使用された文言中には、たしかにその使われる時と場所によっては院長及び病院の名誉を損わしめる不法行為となるおそれのあるものもないではないが、本件ビラにおいてその然らざること前同断である。因みに(証拠略)によれば、同記事は当時組合の上部団体として団体交渉にも参加していた岩手県医療労働組合協議会事務局長浅沼悟朗が大迫中学校の教師である金野昭人が述べた事実に基づき記述したものであることが認められる。

(三)  二月一七日のビラについて。

(証拠略)によれば、問題のビラには「ところがこんどは看護婦が余ったから院長の指定する開業医で働けと言ってきました。そしてその開業医で二年間働いたら奨学金の返還を免除するというのです。いったい佐藤病院長はどのような権限があって花巻病院で働いている准看護婦をやめさせて開業医で勤務させることができるのでしょうか。これは奴隷的拘束を開業医にまで広げるやり方です」と記載されていることが認められる。したがって右奴隷云々の言葉の意味するところも、使い方も前記二月二日付ビラにおけると同様と考えられ、開業医に勤務することが奴隷的扱いであるというのではないから、開業医及びそこに勤務する従業員に対して重大な侮辱を与えたものとは認められない。

(四)  二月二五日付ビラについて。

(証拠略)によれば、昭和四七年二月九日開かれた組合と原告病院との第一回団体交渉において病院側を代表する熊谷事務局長から院長が准看護婦らに他の病院への移籍を持ち出したのは前述の奨学金返還免除規定の業務の指定であるといった解釈、次いで同月二一日開かれた第二回団体交渉において同じく熊谷事務局長から右院長の指定に従わず継続して病院に勤務することとなった者は同規定の返還免除の対象外として残余年限に相当する貸費はこれを返還しなければならないとの解釈が示されたことが認められる。そうして(証拠略)によれば、組合の配布した昭和四七年二月二五日付ビラ組合ニュースには、「団体交渉の問題点は何といっても院長が指定する業務が争点」との見出しでまず右団交において示された右病院側の解釈をそのまま摘記し、後段でそれを「まったく人権を無視したやり方である」と批判し、日本国憲法第三章一一条、一八条及び職業安定法二条の条文をそのまま記載し、最後に「また職業の紹介等は労働大臣の許可がいる。院長の指定する業務の権限などどこにもない」と記載してあることが認められる。

思うに右の如き病院の見解を攻撃するのに憲法や職安法の規定まで持ち出さなければならないかどうかの第三者的批判はともかくとして、前記の如き奨学金規定を楯に病院長が貸費生に他の病院に勤務することまで指定しえるとする法解釈は常識的にみても無理であろう。従って、他の病院転職の要望に添わず引き続き原告病院に勤務する者に対し、院長の指定する業務につかない者として貸費返還免除規定の適用を排除することが果して妥当かどうかもいちおう問題のあるところである。そこで組合が右の如き病院の規定の解釈を攻撃するにあたって、それを強く人に訴える方便として憲法や職安法の規定を援用して、その主張及び見解を表明したとしても、それをもって直ちに正当な組合活動の範囲を逸脱したとすることはできない。

(五)  不利益処分について。

(証拠略)によれば、病院は参加人藤井を昭和四七年四月一三日けん責処分にした後、同年五月六日付で組合に対し、申入書により一般職員の本俸平均三、八〇〇円の賃金改訂を行いたい旨表明したが、同月一五日付文書で藤井静枝については昇給額を零とし、昇給させなかったことが認められる。そして、それが右けん責処分と無関係でないことは(証拠略)中の原告病院副院長佐藤進の供述によっても明らかなところである。従って、原告病院が参加人藤井静枝に対し、けん責処分のほかにこれを前提として不利益処分(昇給停止)を課していることには疑問の余地がない。

(六)  大要以上のとおりであるから、原告が藤井静枝に対して行ったけん責処分及び右処分に基づく不利益処分は、正当な組合活動に対して行なわれた不利益取扱いであり、労働組合法七条一号に該当する不当労働行為であると認められる。

四、従って、右けん責処分を不当労働行為であるとして取消し、右処分を理由とする一切の不利益取扱いの回復及び将来の不利益取扱い禁止の救済を命じた本件命令は適法であるから、本件命令の取消を求める本件請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老澤美廣 裁判官 樋口直 裁判官原田卓は転補のため、署名押印することが出来ない。裁判長裁判官 海老澤美廣)

別紙 命令書

申立人 財団法人総合花巻病院労働組合

代表者執行委員長 阿部正見

申立人 藤井静枝

被申立人 財団法人総合花巻病院

代表者理事 佐藤隆房

主文

被申立人財団法人総合花巻病院は、昭和四七年四月一三日付の申立人藤井静枝に対するけん責処分を取消し、このけん責処分を理由とする一切の不利益取扱いを回復しなければならない。

また、上記けん責処分を理由に申立人藤井静枝に対し、将来にわたって一切の不利益取扱いをしてはならない。

理由

第1 認定した事実

1 当事者

(1) 申立人財団法人総合花巻病院労働組合(以下組合という。)は、財団法人総合花巻病院に勤務する従業員をもって組織する労働組合であり、岩手県医療労働組合協議会(以下県医労協という。)に加盟し、昭和四七年一月当時組合員は約二〇名であった。

申立人藤井静枝(以下藤井という。)は昭和四七年当時組合の書記長の地位にあった。

また、当時組合には、副委員長は欠員となっており、委員長阿部正見(以下阿部という。)は、昭和四五年病院を解雇され、当地労委に不当労働行為救済申立事件として係属中であった。

(2) 被申立人財団法人総合花巻病院(以下病院という。)は、当時従業員約一五〇名を有する総合病院である。

2 花巻准看護婦学校

(1) 病院は、その附属施設として花巻准看護婦学校(以下学校という。)を設けており、中学又は高校卒業者を対象として、二年間教育し、准看護婦の受験資格を附与することを目的としている。

また、希望する生徒には、奨学金を貸与(以下、この奨学金を受けるものを奨学生という。)し、奨学金の返還方法についても規定を設けているが、昭和四五年卒業生の場合には、卒業後四年間院長の指定した業務に従事すれば、八八、八〇〇円の奨学金の償還を免除されることになっていた。

(2) 病院は、奨学生が一定の年限病院で働くことは、奨学生の義務であると考えていた。

(3) 昭和四七年一月頃に、昭和四五年学校卒業生で病院に勤務していた准看護婦(以下准看という。)は、阿部年子、及川雪子、吉田悦子、斉藤和子、小原政子、伊藤光子、小松陽子、高橋田喜子、佐藤雅子の九名で、うち、佐藤雅子は、自費生であり、その他は奨学金貸費生であった。なお、上記九名は、いずれも組合の組合員であった。

3 准看護婦に対する院長の発言等

(1) 昭和四七年一月一二日被申立人代表者佐藤隆房(以下院長という。)は、前記2の(3)認定の阿部年子外八名を院長室に呼び、「昭和四七年に学校を卒業する者を採用すると人手が余るので、他の病院で働いてもらいたい」旨の発言をした。

阿部らは突然のことであったので、動転するだけで、院長に質問などすることもなく黙って退室した。

(2) その後、佐藤進副院長(以下副院長という。)は、阿部年子、小松陽子、吉田悦子の三名の准看を除く六名の准看を個別に呼び、病院を退職して、病院のあっ旋する他の病院に勤務するように説得したが、この説得は遅くとも昭和四七年一月二五日以前には終了していた。

その間、院長は阿部、小松、吉田の三名の准看に対して、病院に残って引き続き勤務してほしい旨要請した。

4 組合の行動

(1) 昭和四七年一月一八日前後に、阿部年子は、藤井に「院長に、九名呼ばれて、やめてほしいと言われた」ことと、身の振り方を相談した。藤井は、これを委員長に相談し、執行委員会を開き、これに九名の准看にも出席してもらい、そこで、組合としての対策を協議することとした。

(2) 一月二五日執行委員会が開催され、これには阿部年子ら八~九名の准看及び県医労協浅沼事務局長らが参加した。

席上、出席した准看から経過が報告されるとともに、全員退職する意思がないことが表明されたので、組合では、退職強要に反対することを決定し、その実現のために、

<1> 九名の者に院長に対し、直接、退職する意思のないことを表明させること。

<2> 団体交渉を申入れること。

<3> チラシを作成し、地域に宣伝すること。

などを決定した。

(3) 一月二六日、阿部外八名の者は、院長に面会し、小松陽子が代表して退職する意思のないことを表明したところ、院長は「それは困る」と答えた。しかし、阿部らはそれ以上院長と話し合うことをせず、すぐに退室してしまった。

(4) 一月三一日組合及び県医労協は被申立人に対し、解雇撤回及び団体交渉の申入れを行ったが、応対に出た小田島人事課長は「クビキリでなくお願いしたものです」と発言し、これに対し委員長が「それならば、やめなくてもよいのか」と問いただしたところ、同課長は、「それは困る」と答えた。

(5) 組合は、一月三一日、組合名で同日付の「一方的なクビキリ通告」と題する労組ニュースを職場内及び花巻市内に配布した。

(6) 組合は、二月二日、組合名で同日付の「定時制在学中の准看六名をクビに」と題する労組ニュースを職場内及び花巻市内に配布した。

(7) 組合は、二月一七日組合及び県医労協連名で二月二日付の「乙女を追い出す花巻病院」と題するビラを職場内及び市内に配布した。

(8) 組合は、二月三日以降一七日頃までの間に、組合及び県医労協連名で、二月二日付の「花巻病院定時制在学中の准看護婦六名に一方的首切勧告」と題するビラを職場内及び市内に配布した。

(9) 組合は、二月二六日、二月二五日付の「第二回団体交渉開かれる」と題する労組ニュースを職場内及び市内に配布した。

5 第一回団体交渉について

(1) 病院は団交に先だち、熊谷事務局長にその権限を一任し、二月九日、組合側は阿部委員長、藤井書記長、浅沼県医労協事務局長らが出席し、病院側は、熊谷事務局長、小田島人事課長らが出席し、組合が一月三一日申入れた件につき団交が行われた。

(2) 団交では、病院は九名の准看に対して退職の強要はせず、本人が希望するのであれば病院に残ることを認めるということが確認されたが、かかる状態で勤務を継続する場合の奨学金返還義務を免除するか否かについては意見が合わず次回団交にもちこされた。

6 第二回団体交渉について

二月二一日、組合側及び病院側とも第一回団交とほぼ同じ出席者で行われ、前回団交における確認事項について、再び議論となった。しかし、結局これを再確認し、本人の希望によって病院勤務を継続する場合には、奨学金返還義務を免除しないことについては不満があったが、団交を打切り退職強要問題は解決するに至った。

7 昭和四七年三月三一日付で小松陽子、斉藤和子、吉田悦子、伊藤光子、及川雪子、高橋田喜子の六名の准看が自ら退職した。

8 書記長藤井静枝に対する処分

(1) 病院は、組合のビラ配布行為に対し、ビラが配布された時点から何らかの処置が必要であると考えていた。

(2) 病院は、昭和四七年三月三一日付で六名の准看が退職したことについて、病院に残りたいと言っていた准看六名が結局やめていったことにより、病院の看護婦の採用や学校の生徒の募集に支障を来たし、迷惑を受けたので、組合が行った同年一月、二月のビラ配布行為に対して何らかの処分が必要であると考えていた。

(3) 昭和四七年四月六日、副院長は、病院の悪宣伝をして病院に非常に迷惑をかけたことについて事情聴取するため藤井を呼んだ。その際、藤井は、組合の書記長として呼ばれたのか、一従業員として呼ばれたのかを問いただしたが、明確な回答がなかった。

また、藤井は、組合と関係のあることなら文書で組合に質問してほしいと述べ、具体的な事情聴取は行われなかった。

(4) 昭和四七年四月一三日病院は、

<1> 小松陽子外八名の看護職員(昭和四五年三月卒)は、必ずしも全員が勤務を希望していたわけではないのに全員が引き続き勤務を希望していると病院に対して虚偽の申立てをしたため人事面で病院に迷惑をかけた。

<2> 病院では上記の者の一部に他医療機関への転出要望したのであるが、これを全員に対する解雇通告として虚偽の宣伝を行い、病院職員特に看護職員に対して、不安と動揺を与えた。

<3> 花病労組ニュース一九七二年二月二日によれば、花巻病院を「ドレイ病院」とひぼうしている。

<4> 一教師の言葉としてあたかも実在の人が言っているが如き表現をつかい、特に県立花巻南高等学校定時制の教師が述べているかの如き印象をあたえる文章の中で、佐藤隆房病院長を「人権をじゅうりんする鬼の顔と、高村光太郎や宮沢賢治を言う文化人の顔をもった二重人格者」とひぼうしたり、花巻病院を「タコ部屋」とひぼうしたりしている。しかも、この一教師と言うのは架空の人物であり、組合側のねつ造である。

<5> 開業医に勤務することが「ドレイ的扱いである」と言うことは、開業医及びそこに勤務している従業員に対する重大な侮辱である。そのような発言が花巻病院職員内から出たことは、病院の信用を失墜させる行為である。

<6> 職業のあっ旋は、学校長の場合は可能であり、全く合法的にあっ旋をし、しかも何ら強制を行わなかったにもかかわらず、「全く人権を無視したやりかたである」と断定し、「憲法違反、職業安定法違反」と事実に反する悪宣伝を行った。

ことを理由に藤井をけん責処分にした。

9 賃金改定について

(1) 昭和四七年五月六日、病院は、担当理事佐藤進名で、組合委員長阿部正見あて、一般職員一一名について賃金改定の申入書を提出した。

この申入書は、改定の幅を平均三、八〇〇円とし、その対象者の中に藤井も含まれていた。ただし、各人の改定額については示されていなかった。五月二四日、組合は、これに対し同意する旨の確認書を提出した。

(2) 五月一五日病院は、院長名で、組合委員長阿部正見あて一一名各人の改定額を明示し、これに同意を求めた。この中で藤井の改定幅はゼロであった。

(3) 同日、組合は、一部異議があるが同意する旨病院に対し通知したが、組合が同意するに際し、当日午後四時までに同意しなければボーナスにも影響するのでやむを得ず同意した経過があった。

(4) 藤井の昇給ゼロは、四月一三日の同人に対するけん責処分に伴う不利益処分であった。

第2 判断

病院は、昭和四七年一月三一日から二月二六日までに、組合が職場内及び花巻市内に配布したビラの内容は、事実に反し院長の八〇年にわたる人生に対する重大な侮辱であり、その社会的貢けんに対する冒とく、かつ、名誉を傷つけるものである。また、病院の信用と名誉を著しくき損するものであって、組合のビラ配布行為は、正常な組合活動とは到底考えられず、このような違法な教宣活動に対しては、当然その責任は、これに関与した組合幹部が負うべきものである。

しかるに阿部委員長は、昭和四五年一一月六日に解雇されており、病院職員としての身分を有していないので、書記長である藤井に対して、今後を戒しめる意味で比較的軽い処分であるけん責の処分に付したことは正当なものであると主張する。

一方組合は、組合の行ったビラ配布行為は、正当な組合活動であり、これを理由とする処分は、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であると主張する。

以下、これについて判断する。

1 けん責処分の理由について

病院が申立人藤井に対し、本件けん責処分をなした理由は、およそ前記第1の8の(4)に掲記した<1>~<6>までの点にあると認められるので、その当否について検案するに次の通りである。

(1) 第1の8の(4)の<1>の処分理由について

病院は昭和四七年一月三一日付労組ニュースに記載された小松陽子外八名の看護職員(昭和四五年三月卒)の勤務替えの病院長の要請に関連して、九名全員が病院に引続き勤務を希望していると虚偽の申立をしたため、病院が人事面で迷惑をこうむったとしているが、一月一二日院長が小松陽子外八名を院長室に呼び、他の病院で働くよう要請したのに対し、一月二五日開かれた組合の執行委員会で、上記九名全員、退職の意思のないことが確認された。

一月二六日小松陽子外八名が院長に面会し、小松陽子が代表して退職の意思のないことを表明したことは明らかである。一月三一日時点においては、病院が主張する「必ずしも全員が勤務を希望していたわけではない」ことについては、具体的に退職を希望する者の存在を確認し得る資料は全くない。

よって病院が虚偽の申立をしたものとし、処分の理由とすることは失当である。

(2) 第1の8の(4)の<2>の処分理由について

病院が一月三一日付労組ニュースに記載した記事をもって、虚偽の宣伝であるとして処分の理由とする顕著な第一点は、まず病院が他の医療機関に転出の要望をした者は、小松陽子ら九名の者のうち、その一部であって全部ではないのに、組合は全員に対する解雇の通告をしたものとして、上記組合ニュースで、うその宣伝をしたということである。

そこで、この点について判断する。

前記事実認定によれば、当初一月一二日院長から「他の病院で働いてもらいたい」と言われた者は、小松陽子ら九名全員であったが、その後一月二五日までの間に、小松陽子、阿部年子、吉田悦子の三名を除く他の六名の者に対しては、副院長佐藤進から個別に病院を退職して病院があっ旋する他の病院に勤務するよう説得が行われ、この間、上記三名の者に対しては、院長から引続き病院に勤務してほしいと要請された事実がうかがわれ、結局、病院の転出要望の対象となった者は、小松ら九名の全員ではなく、上記三名を除く他の六名であったことが認められる。

ところで病院は、組合が労組ニュースで全員に対し解雇の通告をしたと記載して虚偽の宣伝をしたというので、ニュースの記事についてこれをみると、上記一連の経過的事実がありのままに書かれており「九名のうち、三名は残るようにと言われました」とあり、病院がいうように全員に対して解雇の通告をしたという趣旨では全くない。

故に、これについての病院の処分理由は明らかに失当である。

次に上記院長の発言内容が、単なる転職の要望にすぎないか、解雇の通告であるかについては、一月二六日、小松陽子ら全員の者が院長に面会して退職の意思がない旨表明した際、院長はこれに対し、「それは困る」と言い、一月三一日、組合及び県医労協が病院に対し、解雇撤回と団体交渉の申入れをした際、応対に出た小田島人事課長が「クビキリではなくお願いです」と発言したのに対し「それならやめなくてもよいのか」と問いただされると「それは困る」と答えたことのほか、格別両者間において交渉がもたれた形跡がなく、正常な労使関係では、その際組合は更に病院の真意を確認するなどの余地もあったと思われる。

この場合、組合が院長の発言をもって解雇の通告であると認識したことは早計のそしりをまぬがれないが、それに基くニュースの配布をしたことをもって、正当な組合活動を逸脱したものということはできず、仮にその表現が病院側内部の意思や考え方に反したとしても、これをもって組合が虚偽の宣伝をしたとすることはできない。

よって病院が一月三一日付労組ニュースで虚偽の宣伝をしたとして処分理由としたことは当を得ていないものである。

(3) 第1の8の(4)の<3>の処分理由について

ア 病院には、その経営する准看護婦学校入学生徒に対し、本人の希望により、病院が授業料、食費、舎費を貸与する旨の奨学金規定があり、院長発言の対象となった准看八名の者が同規定による貸費生であったことは上記事実認定の通りである。

同規定によれば、「奨学金を受けた者は、卒業後花巻病院に勤務しなければならない」ものとされ、「病院長の指定する業務に就き四カ年に達した場合は貸費全額の返納を免除する」けれども、「病院長の指定する業務以外に就いた場合」及び「病院長の指定する業務に就職し満二年に及ばざる時期に退職する場合は、貸費の全額を即時返納しなければならない」ものと定められているが、上記院長の発言を機として、その解釈運用をめぐり、組合と病院間に激しい意見の対立が生じたことが認められるので、まずこれについて検案する。

組合は「右は卒業後一定期間勤務を義務づけ、途中で退職する場合には奨学金にみあう賠償金を支払わせることを内容とするものであるから、労働基準法第一四条及び第一六条に違反する」と主張するのに対し、病院は、「如何なる性格の奨学金であっても、その貸与は返還を前提とするものであり、一定の義務年限を勤務することによりこれを免除することは本人に有利な規定であって違法性はない」と抗争しているが、奨学金は本人の希望によってなされる貸費であること、貸費は原則として返還されるべきものとされていること、一定期間勤務の義務づけは返還を免除されるための条件とみられるべきもので、免除をうけるか否かは本人の自由意思に基づくものであること、などを内容とするものであるから、指定される義務の種類、内容、義務年限、返還する金額あるいは返還方法等について特段の非違は認められず、奨学金制度そのものについては組合の主張するような違法性は認められない。

イ ところで、本件についての組合と病院間の意見の対立は、奨学金返還免除についてのいわゆる義務年限と院長が指定する業務の範囲に関するものであり、病院側当事者は組合との交渉段階において、義務年限に達していない被貸費生に対しては、院長は他の病院に勤務することを指定することができるものとし、組合はそれははなはだしく不当な身分的拘束であるとして激しく抗争するにいたった経緯が認められる。

病院が処分理由として挙げる、「組合は花巻病院を奴隷と誹謗している」との点は、組合が昭和四七年二月二日付労組ニュースで「奨学金規定では卒業後花巻病院に勤務しなければならないと書いてあります。よそで働けとは書いてありません。病院長は「病院長の指定する開業医で働け」といっていますが、これではまるでドレイあつかいです」と表現して記述したことを指すものであり、病院はこれをもって正当な組合活動の範囲を逸脱し、病院の名誉と信用をき損する不当な行為に他ならないと主張するので以下これについて判断する。

上記ニュースの表現について検討するに、それに用いられた「ドレイあつかい」の語句は、一般に、基本的人権が全く無視されたか、酷な処遇を印象づけるものであり、本事案の客観的内容事実からみると、はなはだ誇大に失するものであり、決して当を得たものではない。しかし、他方組合としては、その際約二〇名の組合員のうち六名の者がその意に反して他の病院に勤務させられ組合から脱することによって大きな打撃をうけるとの深刻な認識に立ち、上記院長の発言及び病院側当事者の態度見解に対し、激しい抗争を決意するにいたった事情がうかがわれる。組合が組合員の闘争意識を昂揚し、他方社会的関心を喚起するための手段として、労組ニュースの表現上この程度の刺激的な語句を用いたとしても、これをもって組合が全く根拠のない事実に基づき、単に病院をひぼうしてその信用を傷つける意図から出たものとは一概には認められず、また、そのニュースの表現に対する社会的評価も、必ずしも文字通りに受けとられるとは限らないことも考慮に入れ、同ニュース発行の時点における事態の推移を考察すると、病院長及び病院側当事者の言動にも全くその責がないとは認め難く、病院がこれをもって、組合は正当な組合活動の範囲を逸脱したものとしてその責任者を処分する理由とすることは当を得たものと認めることはできない。

(4) 第1の8の(4)の<4>の処分理由について

処分の理由として病院が指摘する労組ニュースの記載は、「タコ部屋と同じ」の見出しで、一教師談の形式がとられているものである。これについて病院は、「一教師というのは架空の人物であり、組合側のねつ造である」と断じているが、当審問廷における証人金野昭人及び浅沼悟朗の証言によれば、同記事は当時組合の上部団体として団体交渉にも参画していた県医労協事務局長浅沼悟朗が大迫中学校の教師である金野昭人が述べた事実に基づき記述したものであることがうかがわれ、これを否定すべき証拠はなにもない。

よって病院の上記推断はまず処分の前提となる認識において事実を誤認したものと言わなければならない。記事に使用された文言には適切を欠き、院長及び病院の名誉を損わせしめるきらいもないわけではないが、他方上記(3)のイにおいて、奴隷的拘束の表現について判断したと同様に解釈されるべきであり、また、同文言は第三者の言を引用したにすぎないと認められるものであるから、これをもって正当な組合活動の範囲を逸脱したものとして処分の理由とすることは失当である。

(5) 第1の8の(4)の<5>の処分理由について

病院は、昭和四七年二月二日付労組ニュースに「開業医にまで拘束を拡大」との見出しで書かれた記事をもって「開業医に勤務することが奴隷的扱いであるというのは、開業医及びそこに勤務している従業員に対する重大な侮辱である。そのような発言が病院職員内から出たことは、病院の信用を失墜させる行為である」ことを処分の理由としている。そこで同記事の内容をみると、同記事は「ところがこんどは看護婦が余ったから院長の指定する開業医で働けと言ってきました。そしてその開業医で二年間働いたら奨学金の返還を免除するというのです。いったい佐藤病院長はどのような権限があって、花巻病院で働いている准看護婦をやめさせて開業医で勤務させることができるのでしょうか。これは奴隷的拘束を開業医にまで広げるやり方です」ということにある。奴隷的拘束という表現は本事案の内容からみると誇大に過ぎることは上記(3)のイにおいて判断した通りであるが、上記労組ニュース記述の内容をよくみると、文意は明らかに「奴隷的拘束を開業医にまで広げるやり方である」というのであって、必ずしも病院が説示するように、「開業医に勤務することが奴隷的扱いである」というのではなく、開業医及びそこに勤務する従業員に対して重大な侮辱を与える趣旨のものとは認められない。

したがって、病院がこれをもって処分の理由とすることは文意の誤解に基づくものであるから失当である。

(6) 第1の8の(4)の<6>の処分理由について

病院は、昭和四七年二月二五日付組合ニュースの記事は「学校長の場合職業あっ旋は可能であり、院長は全く合法的なあっ旋をし、しかも何ら強制を行わなかったにもかかわらず「全く人権を無視したやり方である」と断定し、「憲法違反、職業安定法違反」と悪宣伝を行った。」このことをもって処分の理由としている。

そこで同記事の内容をみると、まず、団体交渉の問題点は「何といっても院長が指定する業務が争点」との見出しで、団体交渉における病院側の主張の要領をそのまゝ摘記し、次に「全く人権を無視したやり方である」との見出しで、日本国憲法第三章第一一条、第一八条及び職業安定法第二条の条文をそのまま記載し、最後に「また、職業の紹介等は労働大臣の許可がいる。院長の指定する業務の権限などどこにもない」と記されている。

その経過をみると同年二月九日行われた団体交渉において「他の病院で働いてもらいたい」との院長発言の趣旨は、退職を強要するものでなく、単に転職を希望したにすぎないのであり、本人が希望するのであれば、引続き病院に勤務してよいことが確認されている。当初組合が上記院長の発言について、その真意を充分に確認しないまゝで直ちに、解雇の通告であるとし、独自の認識で病院の名誉と信用にもかゝわるものと解されるような誇大な表現を用いたことは、そのすべてが妥当であると肯定し得るものではない。

しかし、他方団体交渉において論議の焦点となった貸費返還免除についての義務年限と、院長の指定する業務内容及び勤務の場所などの点については、本人の希望により継続して病院に勤務することゝなった者についても、返還免除の対象外として残余年限に相当する貸費は、これを返還しなければならないものとされたことが認められる。二月二五日付労組ニュース前段の記載は、団体交渉においてなされた病院側の主張の要領をそのまゝ摘記したものとみられ、何ら非難されるべき点は認められない。

後段の記事は、「全く人権を無視したやり方である」との見出しで、憲法ならびに、職業安定法の条文を掲記しているので、それは明らかに上記病院の処置が同法条に違背していることを意味するものであり、病院はこれをもって病院に対する悪宣伝であるとして処分の理由としているので、以下その当否について判断する。

本件奨学金の貸費返還及び返還免除についての、いわゆる義務年限及び院長の業務指定に関する規定は、要するに金員貸借及び返還に関する任意契約の範ちゅうに属し、これをもって雇傭の条件とするものとは解されないのであるが、本件奨学金規定には「奨学金をうけたものは、卒業後花巻病院に勤務しなければならない」ものと明記されており、院長の指定し得る業務の内容が果たして他の病院に勤務することまで及ぶかについては疑問がある。したがって上記病院側が他の病院転勤の要望に添わず、引続き病院に勤務する者に対し、院長の指定する業務につかない者として、貸費返還免除義務年限の適用を排除するにいたったことが果たして契約上の義務違反にならないかという点、更にひいては雇傭関係の拘束とならないかという点についても全く疑問がないというわけにはいかない。そうだとすれば、組合がこれに関する病院の上記処置について、更にすゝんで憲法ならびに職業安定法上その掲記する法条に違背するものと解し、人権を無視するものであるとして、その主張及び見解を表明することは、法令解釈上の当否は別として、全く理由がないということはできず、また組合活動の範囲を逸脱するものとみることもできない。

したがって、病院がこれをもって一方的に根拠のない悪宣伝であるとして、処分の理由とすることは、当を得たものと認めることはできない。

2 処分及びその内容について

病院は、当時、副委員長は欠けており、阿部委員長は解雇されていたので、組合の最高責任者であった書記長藤井静枝に対し組合が行ったビラ配布行為は、組合活動の正当な範囲を逸脱し、不当に院長及び病院の信用と名誉をき損したことを理由として、同年四月一三日けん責処分を行ったことは前記事実認定のとおりである。病院の就業規則第七五条第一項によれば、けん責処分は懲戒処分のうちで最も軽いものであって、同項第一号において「けん責処分は始末書をとり将来を戒しめる」と定められ、同処分はこれを限度とする趣旨が明らかにされており、病院も本処分はその趣旨である旨説明しているにもかゝわらず、病院は、昭和四七年五月六日付組合に対する申入書による一般職員に対する本俸平均三、八〇〇円の賃金改訂に際し、申立人藤井静枝(当時高橋姓)に対する昇給額をゼロとし、同年五月一五日昇給の際申入書の通りに昇給停止をしたことは、前記事実認定第1の9の(5)の通りである。してみれば、これによって病院は申立人藤井静枝に対し、けん責処分のほかに、更に、重い不利益処分を科したものと認めなければならない。

以上判断したとおり、病院が申立人藤井静枝に対して行ったけん責処分及び昇給停止は、不当な組合活動をした組合書記長であることを理由とした不利益処分であり、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であると認められる。

3 法律上の根拠

よって、当委員会は、労働組合法第二七条及び労働委員会規則第四三条を適用して主文のとおり命令する。

昭和五一年一〇月一二日

岩手県地方労働委員会

会長 榊原孝

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